ライフスタイル

静寂の日々のなかで

久しぶりの更新。

ぼーっと、ただ書きたくなった

(無意識に書いてるから、脈絡ない感じかも)

 

毎日、ニュースで言われていたことが覆って

変化が激しい日々。

不安を煽るニュースがたくさん流れてる

 

いま現在の私は

引きこもり

(年末くらいから、引きこもりたくなって、そのまま今に至る)

 

この外の状況の変化が激しく

厳しくなるにつれて

「わ、こわ」と思う

 

 

けど、そのまた一方で

自分の心と

外側の変化は

別なんだな

って思う

 

「私と悩みというのは別物であった」ということを気づきます。

私と悩みというのが一緒ではなく、別のものなのだと悟ったわけですね。

私が悩んでいるわけではないということです。

わかりますかね。

悩みはただ起こっているだけ。

私が悩みではない。

引用:精神的に疲れやすい人はエックハルトトールを読むといいですよ【ヨガインストラクター日記ブログ】Kiyoshi vol129

 

外の状況が厳しくなればなるほど

気づきの連続

外がどうなろうとも

自分の心の平穏とは、関係ない

 

そこに気づくたびに

ブッダがなんとなく思い浮かぶ

手塚治虫のブッダ

出典:手塚治虫「ブッダ」より

 

(ブッダについては、手塚治虫の漫画で読んだくらいの知識)

 

この漫画を読むまで知らなかったけど

ブッダって、お金持ちの王子で、将来も王様になる身分だった

 

毎日、もてなされる日々

綺麗な婚約者もいた

いまでいう、リア充なのかな

何もかも持っていた

 

けど、どこか満たされない毎日

だからなのか、すべてを捨てて、出家した

 

物質的に恵まれた生活、高い身分、、

 

外側のどんな好条件さえも

心の充実とは別だと

悟った人なんだなと思う

 

静寂の日々の中で

自分の内面と、ただ向き合う日々のなかで

思うこと

自分にできることは何か?

 

苦しいときは

よく、人に役割なんてあるのかな

と思っていた

 

ーーー何もできない自分に、役割なんてあるのかな

 

けど、占星術に出会って、人それぞれ、本当に関心の方向はまるで違うんだな

ってことに気づけた

千差万別

 

教科書の文言みたいに

もっともらしく、植え付けられた

「社会に貢献できるかどうか」なんて

誰かの都合、期待、欲を押しつけられただけ

 

 

生まれてからすぐ、余命が数年と宣告された

少女が、必死に生きるだけで

周りにどれだけの勇気を与えてきたか

 

ただ必死に生きるだけで

周りを勇気づける存在になる

どれだけ崇高な役割なんだろう

 

誰かの役に立ちたいから

役に立った

ではなくて

 

ただ、やりたいようにやってたら

色んな人の役に立ってた

が正解なんだ

 

もちろん「役に立ちたい」もあっていい

 

私も自分の中で決めつけていたこと

を少しずつ解き放ちながら

誰かの役に立ちたいな、とも思う

 

「役に立たなくちゃ、生きてる価値がない」ではなく

ただ

「役に立ちたい」

 

それは誰かに求められるから

ではなく

自分の心の風向きで

やりたいことをやる、

なんだと思う

 

そしてそれは今すぐに

何かを始めなくちゃいけないことでもない

自分の心が向いたときでいいんだと思う

 

10年先になるかもしれないし

もっと、ずーっと先かもしれない

30年先かも

 

人それぞれタイミングがある

 

もしも何もしないことに何か言ってくる人がいたら

それはそちらの都合というか

あなたの私への期待

私に「こうなって欲しい」っていう

欲ですよね?

って言ったらいい

 

一瞬、一瞬の

自分のそのときの気持ちを大事にしたい

ある一瞬の自分の気持ち以上に

大事なものなんてないのだから