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メンタル

森田療法で生まれ変わった「ありぞなちゃん」にいろいろ救われた話

ありぞなちゃん吹き出し

ここ最近、森田療法で回復した「ありぞなちゃん」と会話して、めちゃくちゃ心が軽くなりました

(どれくらい軽くなったかって「心理的葛藤」が消えて、ブログが半年ぶりに書けるようになったほど)

彼女との会話は本当にラクになるので「そういう人が増えてほしい」という思いに突き動かされ、書いています

 

 

「孤立したくない」なんて当たり前じゃん

たとえば、私の場合、対人恐怖症、集団恐怖症でした

理由は、集団で発言すると「何言ってるの?」と思われることが多く

集団でいつも「疎外感」「孤独」を味わったせいか

孤立する恐怖が強かった…

 

けど、そんな私に対して

「孤立したくない」なんて人間なんだから、当たり前じゃん。命の危機を感じてるのだから

 

あ、そっか。わたしは、自分の感情を否定してたんだ

(感情は、自然発生するもので、除去できないのに)

 

けど、実際に孤立しても命の危険はない。「あれ?命とか心は傷つかないぞ?」と気づけば「孤立しても大丈夫なんだ」と実感が湧く。それで現実を生きられるようになるよ

そっか、そういうことなんだ。なんだか「スッと」頭に入ってくるな…

 

 

そうなんです。わたしの場合、自分の感情を受け入れられなかったのは

  • カッコ悪い
  • 性格悪い
  • 低俗すぎる

など、人間がもつ「当たり前の感情」を直視できず、感情を無意識に抑え込んでしまっていた

(この直視できないのも「条件つきの愛情」で育てられ「無条件の愛」を受けたことがない人ほど、自分の感情を否定する傾向が多い)

 

けど、感情は自然発生のもので、どんなときでもどんな感情でも「あって当たり前のものなんだな」ということ

 

他人の感情が100%流れ込んでくることはない

発達障害、HSPの特徴によくいわれる「他人との境界線」が曖昧の問題

他人の気持ちが「分かっちゃう」から、ツラいことが多く、敏感で混乱しやすいという話。

けど、それも

相手の感情が「100%」流れ込んでくるなんて、あり得ない。あっても「50%」だよ

あれ?たしか、相手の感情が見えすぎる=「感覚過敏」って…

たとえ流れ込んできたとしても「50%」なの。ほとんどは相手の考えを曲解してることが多いよ

ああーーー、そうか。

絶対に分かりようもない「相手の言動」を勘ぐってるだけなのか

そうそう。自分のなかで流してる「映画」が終わればいいの

 

たとえ「自分の感覚が合っている!」と思っても、変えようがない「他人の考え」にとらわれていたこと

(しかも他人の感情も「自然発生」のもの)

「相手の課題」と「自分の課題」を混同している場合が多いということ

 

まさに境界線が曖昧でした

 

「楽しく仕事したい」にとらわれすぎ

このブログを書けるようになったのも、彼女の「葛藤を見抜く能力」が高いからで

(見抜かれても、否定されないので「ラクになる」)

 

…冒頭でも書いたように、半年近く、ブログが書けなくて

その理由は「楽しく仕事したい」にとらわれてたから

 

つまり「仕事したい」気持ちが湧き上がるまで待ってしまう「やる気待ち」になっていた

 

森田療法で「根性論」から解放されたと思ったら、気分本位にとらわれていました

目的もなく「嫌だ」という感情を抑えて働く=根性論

仕事の「やる気」待ち=気分本位

働く目的がハッキリした上で仕事する=目的本位

 

これは楽しくない仕事を「よし」としてるわけではなく、目的がハッキリすれば、自然と湧くもの

「目的がない」または「目的が分からないまま」やらされる仕事だと、辛くなる

 

ちなみに、目的をハッキリさせるには、たくさん行動してみて、徐々にクリアになっていくものだな、と実感中です

(とにかく何でも「やってみる」に尽きる)

行動が「億劫だな」と思ったら、感情を抑えてるサイン

ありぞなちゃんとの会話で気づいたのは、なにかの行動が「億劫だな」と思ったら

自分の気持ちを抑えてるサインだな、ということ

 

たとえば「皿洗いが面倒だな…」と思うシーン

 

ただ単に「皿洗いしなきゃ」だと、エネルギーが「皿洗いしなきゃ」にとらわれてしまう

(「皿洗いしなきゃ」で消耗してしまう)

 

ではなく「シンクが満杯だと、片付けるのが億劫になるから、少ない量のうちに皿洗いしよう」

 

という風に行動の目的をハッキリさせる

 

すると、行動しやすくなります

 

行動が億劫だな、と思う原因は「目的に納得していない」ことがほとんど。なので、その行動の目的を確認する

 

それと、森田療法が馴染むのに半月ほどかかる自分のような人間もいるので

 

そういう森田療法で回復途中の人の「安全基地」があったらいいなという話もあって。

 

森田療法でよくなってる人がストップしてしまうのは、社会とか柵に縛られてる人に

「ダメ人間呼ばわり」されるから

 

そういう人たちのそばにいると、命が削られてしまう

なので、自我が芽生えた人たちが順調に回復できる「安全基地」をつくりたいね、という

 

ツラい思いをしてる人たちが回復して、いっしょに「いえーい」と祝いたいよね

 

ここで、伝えるのも「?」なのですが、わたしと同じように森田療法に関心がある人に向けて…

ありぞなちゃん主催の森田療法のDiscordは一旦閉じました

 

新しいDiscordは、安全基地のほかに、ありぞなちゃんの個人カウンセリングの場としても、読書のオフ会も開いてみたいそう

このオフ会は

  • お寺の部屋
  • 古民家のカフェ

など、とにかくリラックスしやすいところで、話しながら

森田療法の解釈を手助けするみたいな

 

それと、回復途中の人同士、お互いの「協定」を作り出せる雰囲気にして

森田で繋がった人同士、個人間で森田療法への理解を深めるようなイメージもあるそうで。

 

同じタイミングで、回復してる人同士のつながりが、あってこそ「森田」の効果が上がるので

一旦、閉じたDiscordを、今度開くときの目的は

  1. 安全基地
  2. 個人カウンセリングの場
  3. 森田療法の理解を深め合う繋がりをつくる など

 

本当に精神的に大変な人は身ぎれいにするのもツラいと思うので(経験談)

オンラインでの繋がりも強化しつつ

オフ会は、東京あたりで開催したいね、という(人が集まるか分からないので、アンケートをとったりする予定だそう)

(「都内 お寺 レンタル」とかで検索したら、1時間あたり、最低2000円以上費用がかかるみたいなので

「何人くらい集まるのかな?」という調整もありそう)

 

その辺りの詳細は、ありぞなちゃんの方から告知されるので、興味がある方は彼女のツイッターをチェックしてみてください

 

 

 

自分という存在を肯定的にとらえられない人は

問題に対処するのではなく、ひたすら自己否定に走っています

 

自分を無意識に責めたり、「こんなこともできない自分は〜」など

自分を追い詰めるような行動をとってしまいがち

 

 

自分を追い詰める「根性論」ではなく、目的のために行動すること

(「〇〇しなきゃ」にとらわれない)

 

「皿洗いしなきゃ」は「皿洗いの目的は?」

「掃除しなきゃ」は「掃除の目的は?」

「ブログ書かなくちゃ」は「ブログ書く目的は?」

など

 

「目的がない」もしくは「目的に納得してるかどうか」を染み込ませてみること

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以上、たくさん葛藤を見抜いてくれた、ありぞなちゃんに感謝をこめての記事でした

 

※カウンセラーの素質が、これほどある人もいないと思うので

(本を読むのが苦痛な人ほど、彼女と話せば救われるのだろうな…と思う)

そういう仕事を始めたら、応援したい