メンタル

ADHDの特性で感じる「なぜ?」(絶望)に浸るメリット

傷つくひと

こんにちは、ぷり子@puriko_adhdです。

この記事では

  • 「なぜ、こんなこともできないの?」
  • 「どうして私ばかり、こんな思いをしなくちゃいけないの?」
  • 「なんでフツウのことすら、できないんだろう」

という、ADHDの特性によって感じる「不幸」に浸るメリットについてお伝えします

繊細なADHD

ADHDとASDを併発するわたしは、ずっと”繊細すぎること”に苦しみ続けていました

努力ではどうにもならないのに

「そんなことでグジグジするな」

と言われたことがあって、それでも些細なことに傷つく自分がほんとうに、どうにもできなくてツラかったです

いま振り返ると、些細なことで傷つくひとに向かって「傷つくな」というのは、とんでもなく理不尽なことです

いうなれば「ガラスが割れたり、ガラスにヒビが入ることに怒る」ということ

”繊細さ”というのは、一定の年齢になれば少しずつ消えていくものだから、繊細すぎる感覚に惑わされてはダメと思っていました

こんな些細なことで、傷ついちゃダメ。

そんな「繊細さ」を後ろ向きに、とらえているひとに何百回でも言いたいのは

  • 「傷ついてもいいんだよ」
  • 「敏感でもいいんだよ」
  • 「敏感であることを恥じる必要はどこにもないんだよ」

ということです

ADHDという特性による「なぜ?」が多いこれまで

  • 「なぜ、こんなこともできないの?」
  • 「どうして私ばかり、こんな思いをしなくちゃいけないの?」
  • 「なんでフツウのことすらできないんだろう」

これって被害者意識が強いとか、自意識過剰であるようにみえます

ですが、この自意識に向いている「なぜ?」は自分が置かれている状況を分析させてくれます

松岡修造さんの「弱さをさらけ出す勇気」という本に、怪我で苦しんだ選手時代、

「なぜ、オレがけがしなきゃいけないんだ。なぜ、いつまでたってもひざが痛いんだ。なぜ、このタイミングで病気なんだよ。なぜ、なぜ、なぜ…」1)松岡修造「弱さをさらけ出す勇気」p,139

と、アタマの中が「なぜ?」ばかりになっていました。

そんなあるとき、ふと「Why(なぜ)」ばかり考えていたって、何もよくならない。ここから抜け出すための「How(どうやって)」を考えなきゃいけないんだ、と気づいた松岡修造さん。

「Why(なぜ)」→「How(どうやって)」

あなたにも、「なぜ、思うような結果が出ないんだ。なぜ、自分ばっかり苦しい思いをしなきゃいけないんだよ…」と、”Whyの嵐”におそわれる時期があると思います。

でも”Why?”と重いのは、自分自身に意識が向いている証拠。自分が置かれた状況から目をそむけるより、ずっといい!「よっしゃ、いいぞ」と自分に声をかけ、そこからさらに、”How?”へと意識を向けていこう!(出典:松岡修造「弱さをさらけ出す勇気」p,140)

 

「なぜ」から「どうやって」へ

「なぜこんな目に?」と感じているときは、紙に書き出しましょう

思い通りにものごとが進まなくて自信を失くしたときや、人と対立して心が折れそうになったときには、思い浮かぶことをすべて書き出すことで、不安の原因がはっきりします(出典:松岡修造「弱さをさらけ出す勇気」p,143)

「なんでもノート」のルールはシンプル

ルールはとてもシンプルです

問題が起きたその日のうちに、思ったことをなんでも書き出す

なんでもノートは自分のなかの「恥ずかしい」「思い上がり」に向き合う、そこそこしんどい吐き出しです

以下、わたしが実際にやってみた「なんでもノート」です

きょう味わった感情

  • 高揚(懐かしい環境)
  • 歓喜(自分の成長)
  • パニック(忙しない空間に)
  • ショック(仕事のミス)
  • 傷つく(できない自分に)
  • 敗北(自分が変化していないこと)
  • 絶望(何をやっても無力)
  • 孤独(他人からの拒絶を感じて)

こんなただ感情を書き出すだけでも、気づきがありました

「なんでもノート」を書きだす前は、

  • 予期せぬトラブル
  • 人からの心無い言葉

によって自分の感情が揺れ動き、落ち込んでいる、と思っていました

ですが、その感情をもった状況を具体的に思い浮かべると「こうあるべき」という自分と「現実の自分」のズレを自覚しました

そして、さまざまな感情を味わい、打ちのめされていたのです

この気づきによって「他者や環境が原因」→「自分との闘い」にシフトし、無駄にどうにもならない「他の人」や「境遇」にイラつくという、二次障害を食い止めることができました

答えは全部、自分のなかにある

感受性が豊かで、些細なことに傷つくひとは、ものすごく損をしている気がします

ですが見方を変えると

自分に対するレーダーも、ものすごく高性能である

ということです

わたしはこの記事を書いていて、自意識のレーダーが高性能すぎて「理想の自分」と「現実の自分」のギャップにずっと、苦しんでいたことに気づけました

ずっと「レーダーが感知していること」に、目を背けつづけていました

いま振り返ると「目を背けつづけたこと」で、苦しみが倍増していました

なので、とてもシンドいですが

自分に負けずに向き合っていくしかない

と感じています

注意点として、これまでの習慣から、無意識に高感度すぎるレーダーを無視するかもしれません

そんなときは

「他者」や「境遇」のせいにしているとき=「レーダー感知」

と覚えておきましょう

最後に松岡修造さんの励まされる言葉です

自分に負けずに闘い切った結果の敗北なら、ぜんぜんみっともなくないし、恥ずかしいことでもありません!相手のほうが強かっただけなのだから。

この記事のまとめ
  • どんな原因があるにせよ「傷ついている自分」を置き去りにしてはダメ
  • 「なぜ?」は自分が置かれている状況を分析できる
  • 「なぜ」から「どうやって」へは「なんでもノート」に書き出す
  • 答えは全部自分のなかにある
  • 「自分」以外のせいにする=「レーダー感知」

 

References   [ + ]

1. 松岡修造「弱さをさらけ出す勇気」p,139